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世界のいろいろな場所の音楽 · 7 / 15

ドイツの音楽:教会の合唱からロボット・ポップまで

ドイツには、何百年も続く合唱、教会のオルガン、有名な作曲家たちがいます。クラフトワークというバンドが、電子の機械でポップソングをつくった国でもあります。

2026年10月7日 内容確認

このレッスンの内容

ドイツの音楽はどんな音?

ドイツの音は、ひとつだけではありません。むかし、人々はお城で恋の歌を、教会で賛美歌を歌いました。のちに、偉大な作曲家たちが交響曲やピアノの曲、ひとりが歌ってピアノが伴奏する歌曲を書きました。

民謡にも独特の味わいがあります。アルプスでは、人々が「レントラー」(Ländler)をおどりました。1小節が3拍で、ぴょんぴょんはねたり足をふみならしたりするおどりです。ワルツの形づくりに役立ったと考える人も多く、ワルツも3拍で数えます。強・弱・弱、強・弱・弱。

近ごろは、電子音楽でドイツは有名になりました。1970年代、クラフトワークというバンドが、シンセサイザーやドラムマシンを使って、未来のように聞こえる曲をつくりました。

絵本のようなイラストで、写真ではありません。

ひとつの曲のお話

1974年、クラフトワークというバンドが、ドイツの高速道路をドライブするレコードをつくりました。曲の名前は『アウトバーン』で、この言葉は高速道路という意味です。

バンドは、デュッセルドルフにある「クリング・クラング」という自分たちのスタジオで仕事をしました。そこでシンセサイザーやドラムマシン、自分たちで作った電子ドラムを使いました。音楽の中には、車の音やクラクションが聞こえます。

約3分半の短いバージョンが、1975年のはじめにヒットしました。たくさんの人が、はじめて電子ポップスを聴きました。

ドイツの楽器と音

ここでは、ドイツにゆかりのある楽器を紹介します。その多くは、ドイツをこえて遠くまで広がりました。

パイプオルガン
空気をパイプに送って音を出す大きな鍵盤楽器で、ドイツには長い製作の伝統があります。有名な製作者に、アルプ・シュニットガーやゴットフリート・ジルバーマンがいます。
ツィター
平たい形の楽器で、弦は約30〜38本。アルプスで演奏されます。左手でメロディの弦をおさえ、右手の親指で小さなつめをつけてはじきます。
ハーモニカ
口にくわえる小さなオルガンで、息をするたびに薄い金属のリードがふるえます。ドイツの時計職人マティアス・ホーナーが、1857年にトロッシンゲンでつくりはじめました。
ドイツ式コンサーティーナ
両はしにボタンがある小さな蛇腹楽器で、1834年にカール・フリードリヒ・ウーリヒが紹介しました。蛇腹を押したり引いたりして音を出します。
バンドネオン
1800年代なかばに、ドイツの楽器商ハインリヒ・バントが名づけた蛇腹楽器です。はじめは教会の音楽のためでしたが、のちにアルゼンチン・タンゴの主役になりました。
シンセサイザー
電気で音をつくる鍵盤楽器です。クラフトワークは、シンセサイザー、ドラムマシン、ヴォコーダーを使って音楽をつくりました。

どう聴く?

ドイツの音楽には、はっきりした組み立てがあることが多いです。まずビートを聴いて、それからメロディーと伴奏がどう役わりを分けているかを聴きましょう。

3拍のゆれを聴こう
レントラーもワルツも3つで数えて、1拍目が強くなります。強・弱・弱です。
走る馬を聴こう
シューベルトが18歳のときに書いた歌曲『魔王』(Erlkönig)では、ピアノが同じ音を速くくり返して、馬が走っているように聞こえます。
ロボットのパターンを聴こう
クラフトワークは、短いくり返しのリズムで曲を組み立て、ヴォコーダーで声をロボットのように聞こえさせました。

メトロノームを1小節3拍に合わせましょう。1拍目は強く、2拍目と3拍目は軽く手をたたきます。次は、1拍目でレントラーをおどる人のように足をふみならしてみましょう。

ドイツ音楽の物語の大きな出来事

  1. 1100年代ごろ
    ビンゲンのヒルデガルト

    修道女で修道院長のヒルデガルト(約1098年〜1179年)は、高くのびやかな旋律の歌を書きました。いまも69の曲が残っています。

  2. 1100〜1300年代
    ミンネザング

    詩人で歌い手の人たちが、ドイツ語で恋の歌を書きました。いちばん有名なのは、約1170年から約1230年まで生きたヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデです。

  3. 1212年
    少年合唱団のはじまり

    ライプツィヒのトマーナ合唱団(Thomanerchor)は1212年につくられ、いまも少年たちが歌っています。

  4. 1529年ごろ
    みんなのための賛美歌

    マルティン・ルターは、1527年から1529年ごろに、賛美歌「Ein feste Burg」の歌詞と旋律を書きました。みんなでドイツ語で歌えるようにするためです。

  5. 1723年
    ライプツィヒのバッハ

    ヨハン・ゼバスティアン・バッハはライプツィヒの教会の音楽監督になり、そこで約27年のあいだ、曲を書き、音楽を指揮しました。

  6. 1824年
    ベートーヴェンの第九

    1824年5月7日、ベートーヴェンの交響曲第9番がウィーンではじめて演奏されました。有名な作曲家による、歌い手が入った最初期の大きな交響曲のひとつです。

  7. 1876年
    ひとりの作曲家のための劇場

    リヒャルト・ワーグナーのバイロイト祝祭劇場が開かれ、4つのオペラからなる『ニーベルングの指環』が、はじめてここでいっしょに上演されました。

  8. 1974年
    クラフトワークの『アウトバーン』

    1970年にデュッセルドルフで生まれたクラフトワークが、ドライブをテーマにしたレコード『アウトバーン』を出しました。表題曲は23分近くもあります。

調べてみよう、この名前

これらは例であって、ランキングではありません。おうちの人にたずねたり、検索したりして、聴いてみましょう。

  • ビンゲンのヒルデガルト
  • ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
  • ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
  • クララ・シューマン
  • ファニー・ヘンゼル
  • ヨハネス・ブラームス
  • アンネ=ゾフィー・ムター
  • クラフトワーク
  • ネーナ
  • ハンス・ジマー

そのころ、世界では

ドイツの音楽でこうしたことが起きていたとき、ほかの場所ではこんなことがありました。

  1. 1215年
    イギリスのマグナ・カルタ

    ミンネザングの詩人たちの時代に、イギリスのジョン王が、大切な約束ごとであるマグナ・カルタに、ランニーミードで印をおしました。

  2. 1543年
    太陽が中心

    ルターの賛美歌から数年後、コペルニクスが、惑星は太陽のまわりをまわっているという考えを発表しました。

  3. 1725年
    ヴィヴァルディの『四季』

    バッハがライプツィヒに来た2年後、イタリアの作曲家ヴィヴァルディが四季を描いた4つのヴァイオリン協奏曲が、アムステルダムで出版されました。

  4. 1825年
    蒸気機関車の鉄道が開通

    ベートーヴェンの第九の翌年、蒸気機関車が引く最初の公共鉄道が、イギリスで開通しました。

  5. 1876年
    はじめての電話

    バイロイトの劇場が開かれた年に、アレクサンダー・グラハム・ベルが、はじめて電話での通話に成功しました。

  6. 1977年
    音楽が宇宙へ

    『アウトバーン』の数年後、探査機ボイジャーが、バッハとベートーヴェンの音楽が入った金色のレコードをのせて、地球をはなれました。

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ピアノの音:Salamander Grand Piano(Alexander Holm、CC BY 3.0)。