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世界のいろいろな場所の音楽 · 12 / 15

ナイジェリアの音楽:トーキングドラムからアフロビーツまで

ナイジェリアは西アフリカの大きな国で、250をこえる民族がくらし、それぞれが自分たちの歌、太鼓、おどりをもっています。その音楽は、古い村の伝統から、世界中の人をおどらせるスタイルへと育ちました。

2026年10月7日 内容確認

このレッスンの内容

ナイジェリアの音楽はどんな音?

たくさんの太鼓がいっせいに話しかけあい、シェイカーがシャカシャカ鳴り、みんなが歌をかけあう様子を思いうかべてみましょう。ナイジェリアの歌の多くには、1行歌うリーダーと、それにこたえるグループがいて、呼びかけと返事のゲームのようです。

大きな3つの民族は、ヨルバ、イボ、ハウサです。ヨルバの土地では、太鼓の楽団が有名です。イボの人びとは、ウドゥという土の壺の太鼓や鉄の鈴で知られています。北部では、ハウサの人びとが長いトランペットやトーキングドラム、1弦のフィドルを演奏します。

絵本のようなイラストで、写真ではありません。

話す太鼓

ヨルバ語では、声の高さで言葉の意味が変わります。ドゥンドゥン(dùndún)という太鼓は、それをまねします。演奏者はうでの下でひもをぎゅっとにぎって音を高くし、曲がったバチでたたきます。

太鼓の奏者は、話し声の上がり下がり、タイミング、気もちをまねることができます。それを使って、ニュースや冗談、ことわざ、ほめ言葉を伝えてきました。太鼓がまねするのは言葉のメロディーだけで、母音や子音はまねしません。

ナイジェリアには、ちがう役目をもつ太鼓もありました。イボのイコロ(ikoro)は巨大なスリットドラムで、ふつうは村の広場など、1か所に置かれます。その音がひびくと、人びとは大事なお知らせを聞こうと集まりました。

伝統的な楽器

村の太鼓から王さまのトランペットまで、ナイジェリアで聞けるかもしれない楽器をしょうかいします。

ドゥンドゥン(dùndún、トーキングドラム)
砂時計のかたちをした太鼓で、うでの下にかかえます。ひもをぎゅっとにぎると音の高さが変わるので、ヨルバ語の声の高低をまねすることができます。
シェケレ(shekere)
ほした瓢箪を、ビーズの網でおおった楽器。ふっても、たたいても鳴らせるので、1つでガラガラと太鼓の両方の音がします。
ウドゥ(udu)
2つの穴がある土の壺。大きな穴と壺のからだを手でたたいて鳴らします。イボの人びとの楽器です。
バタ(bàtá)
砂時計のかたちをした両面の太鼓で、何台かのセットで演奏します。ヨルバの人びとは、雷の神シャンゴ(Shango)の儀式などで使います。
イコロ(ikoro)
イボの人びとの巨大な木製のスリットドラムで、バチで打ちます。これが鳴ると、大事なことが起きたというしるしで、人びとは村の広場に集まります。
オゲネ(ogene)
かじ屋がつくる鉄の鈴で、木の棒でたたきます。イボの音楽家が、よくひびく拍をきざむのに使います。
カカキ(kakaki)
ナイジェリア北部の、とても長いトランペットです。土地の指導者であるハウサのエミールの宮廷で、太鼓といっしょに演奏されます。
ゴジェ(goje)
ハウサの人びとの、弦が1本のフィドルで、弓でひきます。

聞きかた

ひとつの音を選んで、しばらく追いかけてみましょう。歌い手でも、太鼓でも、鐘でもかまいません。そのあと、ほかの音がまわりでどう合わさっているか聞いてみましょう。友だちがいっせいにおしゃべりしているようです。

聞いてみよう…問いと答え
リーダーがひと言うたい、グループがそれにこたえます。このコール・アンド・レスポンスは、ナイジェリアで音楽をつくるいちばんふつうのやり方です。
聞いてみよう…上がったり下がったりする太鼓
トーキングドラムは、演奏者がひもをにぎるにつれて音の高さが変わります。だから、だれかがたずねたり話したりしているように聞こえます。
聞いてみよう…たくさんのリズムがいっしょに
アフロビートは、太鼓やパーカッションのかみ合うリズムを重ねます。だからグルーヴがぎっしりして、長いあいだ動きつづけます。

Sowleaのメトロノームで、一定の拍に手拍子をしましょう。それから、短い手拍子やハミングを「質問」として作り、友だちに、ちがう手拍子やハミングで「答え」てもらいましょう。

ナイジェリアの音楽の歴史の大きな場面

  1. 1920年代
    ラゴスでジュジュがはじまる

    トゥンデ・キングなどの音楽家が、ヨルバの歌にギターバンジョー、ガラガラ、太鼓をまぜて、ジュジュという新しいスタイルをつくりました。

  2. 1950年代
    ハイライフのダンスバンド

    ビクター・オライヤなどが率いるバンドが、ハイライフを演奏しました。ガーナからナイジェリアに伝わった楽しいダンス音楽で、ナイジェリア独自の味わいをもつようになりました。

  3. 1957年
    I・K・ダイロのバンド

    I・K・ダイロがバンドをはじめ、ジュジュにアコーディオンとトーキングドラムを加えて、多くの人に愛されました。

  4. 1960年
    新しい国

    ナイジェリアは1960年10月1日に独立し、ラゴスでは1週間にわたってパーティー、音楽、おどりがくり広げられました。

  5. 1960年代後半と1970年代
    アフロビートとフジ

    フェラ・クティとそのバンドが、ホーンとファンクとジャズが長くつづくグルーヴであるアフロビートを生みだし、シキル・アインデ・バリスターはフジのかたちづくりに力をかしました。

  6. 1982〜1983年
    ジュジュが世界へ

    キング・サニー・アデのアルバム『Juju Music』と『Synchro System』は海外で新しい聞き手をつかみ、『Synchro System』はグラミー賞にノミネートされました。

  7. 1992年
    ノリウッドのはじまり

    映画『Living in Bondage』が、ナイジェリアの巨大な映画産業ノリウッドのはじまりを助け、映画にはすぐに独自の歌や音楽が必要になりました。

  8. 2000年代と2010年代
    アフロビーツ

    最後にsがつくアフロビーツは、西アフリカのポップ音楽をさす名前で、バーナ・ボーイ、テムズ、ウィズキッドなどの歌手が、ナイジェリアのポップスを世界で人気にしました。

調べてみよう、この名前

これは例にすぎず、ランキングではありません。おとなの人に手伝ってもらうか、さがして聞いてみましょう。フェラ・クティとフェラ・ソワンデは、べつの音楽家です。

  • フェラ・クティ
  • トニー・アレン
  • I・K・ダイロ
  • キング・サニー・アデ
  • オニェカ・オンウェヌ
  • フェラ・ソワンデ
  • シャーデー
  • バーナ・ボーイ
  • テムズ
  • ウィズキッド

そのころ、世界では

ナイジェリアの音楽が変わりつづけるあいだに、ほかの場所ではこんなことが起きていました。

  1. 1920年代
    ラジオが家にやってくる

    1920年代のはじめ、いくつもの国で定期的なラジオ放送がはじまりました。ラゴスでジュジュがうまれはじめたころのことです。

  2. 1969年
    人が月を歩く

    アポロ11号の宇宙飛行士が7月20日に月に着陸しました。フェラ・クティがアフロビートを築いていたのと同じ時期です。

  3. 1981年
    テレビで音楽

    アメリカで MTV というチャンネルがはじまりました。キング・サニー・アデのアルバム『Juju Music』の1年前のことです。

  4. 1991年
    ウェブが開かれる

    ワールド・ワイド・ウェブがインターネット上のだれにでも開かれ、その1年後にナイジェリアでノリウッドがはじまりました。

  5. 2007年
    最初のiPhone

    最初のiPhoneが発売され、やがてスマートフォンが広まったので、いまではそれでアフロビーツをストリーミングで聞けます。

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ピアノの音:Salamander Grand Piano(Alexander Holm、CC BY 3.0)。