ルイ・アームストロング:歌うトランペット奏者
ルイ・アームストロングは、アメリカのニューオーリンズ出身のトランペット奏者で歌手です。史上もっとも有名なジャズ・ミュージシャンのひとりになり、人々は「サッチモ」とよびました。
このレッスンの内容

ニューオーリンズの少年
ルイ・アームストロングは、1901年ごろにニューオーリンズで生まれました。記録と本人の話が合わないので、正確な誕生日はだれにもわかりません。子どものころ、最初に吹いたのはトランペットの近い仲間であるコルネットでした。
友だちやファンは「サッチモ」や「Pops」とよびました。長い年月、演奏し、歌いつづけ、1971年にニューヨーク市で亡くなりました。

ニューオーリンズからシカゴへ
ジャズは、1800年代の終わりから1900年代のはじめにかけて、アームストロングが生まれたのと同じ街、ニューオーリンズで育ちました。ブルース、ラグタイム、行進曲、たくさんのリズムがまざっています。
1922年、キング・オリヴァーのバンドで演奏するためにシカゴへ移りました。数年後の1925年から、自分のグループ「ホット・ファイブ」でレコードをつくりました。
ある話によると、1926年の『ヒービー・ジービーズ』の録音中に楽譜が床に落ちてしまい、代わりにおかしな音を即興で歌ったそうです。この話はよく語られますが、本当にそのとおりだったかどうかはだれにもわかりません。
その場で音楽をつくる
ジャズは、演奏者がその場で部分をつくりながら演奏することが多い音楽です。これを即興演奏といいます。本を読むのではなく、物語を声に出して話すのに少し似ています。話しながら次の言葉を選ぶのです。アームストロングは、新鮮で自由に聞こえるトランペット・ソロで有名でした。
ジャズには、スウィングとよばれるはずむ感じもよくあります。速い2つの音をまったく同じ長さで弾くのではなく、1つめを少し長く、2つめを少し短くします。長い・短い、長い・短い、スキップのようです。また「スキャット」を歌いました。言葉の代わりに「バ・ドゥ・ビー」のようなおかしな音を歌って、声を楽器のように使うことです。
こんなところを聴いてみよう
この4つの録音では、アームストロングのいろいろな顔がわかります。
- 『ウエスト・エンド・ブルース』の出だし
- はじめにトランペットがたったひとりで演奏し、まだ一定のドラムのビートがないところを聴いてみましょう。
- 『ウエスト・エンド・ブルース』の声
- アームストロングがスキャットで歌い、クラリネットとおしゃべりしているように聞こえるところを聴いてみましょう。
- 『ヒービー・ジービーズ』
- 言葉の代わりに歌われる、おかしな作りものの音を聴いてみましょう。
- 『この素晴らしき世界』
- 低くてやさしい歌声と、ゆっくり落ち着いたビートを聴いてみましょう。
『ヒービー・ジービーズ』を聴いて、同じリズムで自分のおかしな音を歌ってみましょう。つぎに拍ごとに手をたたいて、どの音がいちばん合うか確かめましょう。
知っておきたい曲
アームストロングは、たくさんのレコードをつくりました。今も聴かれている4曲を紹介します。
- 『ヒービー・ジービーズ』
- 1926年に録音した曲で、スキャットで有名です。
- 『ウエスト・エンド・ブルース』
- 1928年のレコードで、バンドの伴奏のない、トランペットのソロから始まります。
- 『ハロー・ドーリー!』
- 1964年の録音は、アメリカのシングル・チャートで1位になりました。
- 『この素晴らしき世界』
- 1967年に録音したやさしい歌です。1968年4月に、イギリスで1位になりました。
そのころ、世界では
- 1917最初のジャズのレコード
「オリジナル・ディキシーランド・ジャス・バンド」というバンドがニューヨークで録音し、そのレコードが1917年に発売されました。発売された世界初のジャズのレコードとよばれています。
- 1920ラジオで音楽
アメリカのピッツバーグにあるラジオ局KDKAが、選挙の結果を放送しました。多くの歴史家が、最初のラジオ局のひとつと数えています。
- 1935新しいアメリカのオペラ
ジョージ・ガーシュウィンのオペラ『ポーギーとベス』が、アメリカのボストンで初めて上演されました。
- 1938コンサートホールのジャズ
クラリネット奏者のベニー・グッドマンとそのバンドが、ニューヨークのカーネギー・ホールで有名なジャズ・コンサートを開きました。
- 1964テレビに出たビートルズ
イギリスのバンド、ビートルズが、ニューヨークの『エド・サリバン・ショー』に初めて出演し、たくさんの人が見ました。
ピアノの音:Salamander Grand Piano(Alexander Holm、CC BY 3.0)。